PICUでの入院生活を経て、娘が自宅に帰ってきた日。
おうちがまるで病室のようになっていても、私たちにとっては「帰ってこられたこと」が何よりの喜びでした。
退院当日から始まった新しい日々は、不安と隣り合わせの中にも、確かな希望と奇跡の連続でした。
この記事では、PICU退院後の在宅での生活、そして娘が見せてくれた驚くべき回復までの記録を綴ります。
自宅に帰ってきた日

自宅前にドクターカーが到着すると、あらかじめ準備をしてくれていた訪問看護師さんと義母が出迎えてくれました。
急いで、でも慎重に娘をドクターカーからおろし、娘がいつも過ごしていたお布団の上へ。
入院前にはなかった点滴3本がつながれ、呼吸器のマスクも変わっていました。
アンビューバッグもすぐそばに置かれ、家の中がまるで病室のよう。
それでも、どんな形であれ娘を無事に連れて帰れたことが嬉しくて、胸の奥から安堵が広がりました。
不安と安心が入り混じる夜

娘は薬で眠らされ、落ち着いた様子。
息をしている――その事実に、ただ「よかった」と思いました。
夫が帰宅し、「無事に連れて帰る」という約束を果たせたことに、心からほっとしました。
その日から、私たちは家族3人で同じ部屋で眠ることに決めました。
退院当日の夜、娘はぐっすり眠り続け、酸素が下がることもありませんでした。
それでも私は、何度も何度も起きて娘の様子を確認しました。
「寝ているだけ」ということが、こんなにも安心できるなんて――そう感じた夜でした。
不安を乗り越える準備

翌日からは、朝9時と夕方に訪問看護師さんが来てくれるようになり、
それでも不安は尽きませんでした。
医療者の目に触れるのは1日2時間ほど。
残りの22時間は、私が娘の命を見守る時間。
だからこそ、私はすべてをリスト化していました。
- 酸素が下がったら流量を上げる
- 気道を確保できる体勢にする
- 医師または看護師へ連絡
もしそれでも数字が上がらなければ、「抱っこしてあげて、看護師さんを待ってね」
――それが、私と看護師さんで決めた約束でした。
そして、少しずつ回復へ

退院後も酸素が下がったり、脈拍が落ちたりする日々が続きました。
それでも、先生や看護師さんの尽力で、娘は少しずつ安定を取り戻していきます。
焦って夫に厳しく当たってしまうこともあったけれど、
夫の落ち着いた行動に何度も救われました。
やがて、娘の状態はゆっくりと上向き始めました。
呼吸器はフルフェイスマスクから鼻マスクへ。
酸素を流さずに過ごせるようになり、尿量も戻り、浮腫も消えていきました。
医師の言葉が今も忘れられません。
「呼吸状態は入院前よりもいいですよ。」
それは、まさに奇跡と呼べる回復でした。
おうちが、娘にとっての最善の場所だった

周囲の人たちは口をそろえて言いました。
「やっぱり、おうちが一番なのね。」
「娘ちゃんはおうちに帰りたかったんだね。」
PICUで余命を宣告されてから約10か月。
娘は確かに死の淵に立っていました。
けれど、そこから這い上がってきた――
娘の強さと生きる意志を、私はこの目で見ました。
これからも、娘のためにできる限りのことをしながら、
PICU、訪問診療の先生、看護師さんへの感謝を忘れずに過ごしていきたい。
いつか訪れるその日まで、
娘と一緒に過ごす時間を大切に、穏やかに。
おうちに連れて帰ったことを、私はこれからも後悔しないだろう。
